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「雪残る村」 | 第一小説集『雪残る村』

雪残る村works

雪残る村 1

 汽車の窓ガラスにじっと顔をつけたまま、私は魅せられたように外の景色を見つづけた。晴れているせいか、白い柔らかい光が、まぶしいくらいに明かるく、広い雪原いっぱいにみちあふれていた。華やかなショーがくりひろげられてでもいるかのように
、光のかたまりがいくつもいくつも走ったり、とびあがったりして乱舞しているようであった。屋根に積もった雪の柔らかな曲線、雪の上にあい色の影を落としている杉林。私が汽車に乗っているせいだろうか。私は久しく見たこともないものを見るように、窓の外にさまざまに変化していく雪景色に見とれていた。  このみごとな雪景色のどこかに思いがけない悲惨なしいたげられた雪国の生活があるなんて。圧迫され、さんざんにもてあそばれた人間の貧しい生活がくりひろげられているなんて。私も又その一人としてその雪の中に投げだされ、雪だらけになり、雪を食べながら成長してきたなんて、とても思えなかった。
 汽車が清水トンネルを越えて、広い関東平野にはいると、そこにはもう青々と芽ぶいている麦畑が、ずっと続いているのが見えた。はじらいの色のような桃色の梅の花が、どこの家にも咲いている。線路に平行して走る国道に、銀色のバスがかすかな土ぼこりをあげて走っている。たった一つ山脈を越えただけで、なんという違いであろう。今まですっぽりと白い雪をかぶっていた村から、突然全くちがった世界に突入してしまった少年の夢のような気がした。
 思わず、私は手にもっていた本をにぎりなおした。その垢がついて題字もうすれ、はしのすりきれた文庫本、「北越雪譜」は私がここ二、三年いつも手もとから離さずにくり返し読みつづけた本である。上越線の小駅塩沢に生まれた鈴木牧之はいったいなんのために、こんな本にその生涯を捧げようとしたのであろう。何度も挫折しながら、北越の雪の中で四十五年間もこの書が版になるのを待っていたという執念はなんであろう。なぜこれほどにもくりかえし、くりかえし雪国のみじめさを呪い、暖国の豊かさに憧れたのであろう。それでいて、この雪の中から動こうとしなかったのであろう。
 それらの疑問は私が最初にこの書に接したときからの大きな疑問であった。
 こんどの上京は、私の卒業論文のテーマである牧之についていくばくかの資料を見ることではあったが、それよりも大きな理由は牧之が初めて江戸に出たときの感激を再体験することであった。牧之がはじめて江戸に出た年は、今の私の年とそんなにかわらない十九才の時であった。
 八十反の縮を背負って、商人として江戸に出た牧之は、他の同僚たちがしきりに吉原の青楼に誘うのを拒否して、せっせと神社や仏閣をまわり続けた。そして書家沢田東江の門をくぐって、その書の手ほどきをうけているのである。雪に埋もれた越後とちがって、化政期の太平に酔いしれる華やいだ江戸の町は、この若い青年に大きな衝撃を与えないはずがない。その衝撃が「北越雪譜」の著作に大きく影響しているのではあるまいか。
 そのころの牧之と同じように若いこの私が巨大な怪物のような東京から、いったいなにを得ようとしているのだろう。期待と不安とをのせた汽車は急速度に東京に近づきつつあった。

 
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