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「雪残る村」 | 第一小説集『雪残る村』

雪残る村works

雪残る村 2

 東京に着くと郊外の姉の家に寄宿して、せっせと図書館に通った。新しく作られたばかりの国会図書館の門をくぐる。玄関をはいると巨大なコンクリート柱の左側にはずらりとカードを入れた箱が並んでいる。入口近くに相談員がいて、閲覧上のいろいろな相談に応じてくれる。何よりもまず、いままできいたことのないいろいろな部屋があるのに驚いた。雑誌や新聞の資料センター、必要な箇所をコピーしてくれるところ。私はその大きな建物に入って、うろうろするばかりであった。別に目的もなしにカードのつまった引き出しを引いて見る。どの箱もきれいに整理されたカードがすきまなく並んでいる。どこを見回しても本らしいものは見当らない。申し込むと本は中央の係員のいる小さな場所から出てくるのだ。いったい、雪深い越後からやってきた私に、この大きな図書館で自分の好きな本を捜すことはゆるされているのだろうか・そうした疑問は私がカードを捜している間も用紙に自分の住所を書きこむ間も、そしてまた東京の紳士然とした人達と一諸に順番を待っている間も、常に消えなかった。
 その彪大なカードの中から、江戸の戯作者滝沢馬琴の書簡集を借りた。牧之はこの馬琴と早くから交わりがあった。そして、そのことが「北越雪譜」の出版に深くつながっているということは早くから知られていたことであった。私がその本をかりたのは、この越後の無骨でがむしゃらともいうべき牧之を、馬琴はどう批評しているかを知るためである。「曲亭遣稿」と題するその本は、すっかり表紙の布は色あせていた。
 その一冊の本をかりて、私は閲覧室にはいった。私はそこに和綴の本を何冊か机の上につんで一冊ずつ読んでいる人を見た。新聞の切り抜きをせっせと写している人を見た。ぶ厚い辞書のようなものをくり返し引いてノートしている人を見た。おいつめられたような顔で、受験参考書をすきまなく赤鉛筆でうずめつくしている受験生はここにはいなかった。ここでもかってがちがっていた。どの人もみんな学生のように見うけられた。そうした人たちの間にはさまれて、私は借りてきた本をひろげると、思いがけなく固くなった。東京の大学生になど負けておれるものか、なにか熱のこもった興奮が全身に走るのをおぼえて、にぎりしめたペンに力を入れてノートをはじめた。

 
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