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「雪残る村」 | 第一小説集『雪残る村』

雪残る村works

雪残る村 4

 東京での最後の日、かねてうちあわせていたM大学の皆川教授に会った。皆川教授はM大学で近世文学を専門にやっておられた。私が皆川教授と知り合ったのは、かつて馬琴書簡中の牧之に関する部分を問い合わせたときからであった。教授はその私のためにていちょうな返事を寄せ、私の牧之研究を激励された。
 八階の研究室からおりて来た皆川教授は受付で待っている私の方をむいて「やあ」といって近づいてきた。入学試験の最中でとりこんでいるということを話しながら、近くの喫茶店にはいった。
「君の研究にはかねがね感心している。地方にいる人は、もっと地方にある資料を生かしてほしいというのが、私の持論である」
 こう切り出すと、話は当時の江戸文学馬琴や京伝の話など私の興味あるところへはいっていった。江戸のそうした大ものの間をたちまわって、越後の牧之がなにをなしえたのか。私はその話をききながら、いつのまにか牧之のことを思っていた。教授の話はその後しだいに国文学全般にわたっていった。
「今、国文科の学生は少しもふるわないね。仏文や英文の学生に比べると小さくこりかたまっているようだ。それは今の国文学界にもいえることだ。あまりにも固く自分たちの殻にこもりすぎていると思う。もっと視野を広げてほしいと思う。このままでは、国文学はまもなく滅びてしまうだろう」
 教授の話は次第に熱をおびてきた。私はじっと教授の眼を見つめたまま、深くうなずいた。顔にも深いしわが刻まれ、頭にも白いものが見えはじめていた。私はそこに思いがけない年令を感じとった。それは教授の論文や著書のどこにも見ることのできなかった全く思いがけない年令だった。この老学者の学問に対する情熱をまのあたりにして、私はいつのまにかその熱いものが体のすみずみまで激しく音をたてて、流れてゆくのを感じた。ただだまって、一つ一つ深くうなずきながら、顔がほてり、テーブルの下においた手はしっかりとにぎりしめられていた。
「これからは君たちの時代だ。私のような年よりがこれからどんなにがんばったって、たかがしれている。君はよく勉強する。私は君に期待しているのだ」
「はい、私も力のある限りやってみるつもりでおります」
 口ごもりながら、私はようやくこれだけいうことができた。たしかに私の話し方は鈍重であまり話せる方ではなかった。それに比べて北国の貧しい学生の一人にすぎない私のために、皆川教授のことばがあまり力がこもりすぎていた。私にはこのことばが長く教えをうけた学生が、いよいよ教授のもとを離れるときの激励のことばのような気がした。初めて教授と話した私であったのに。
 別れぎわに教授は
「君の郷里はまだ雪がたくさんあるだろうね」
 といった。
「はい、二日前私が郷里を立つときも、吹雪で、駅で長ぐつとくつとをはきかえてきたんです」
 教授はこれを大きくうなずきながら聞いていた。
 教授と別れてからも、私はしばらくアスファルトの上を歩いているような気がしなかった。
 なによりもまず東京で勉強がしたいと思った。皆川教授のような情熱のこもった先生から、教えをうけたいとおもった。迷路に入りこんだ日本の国文学を新しくたくましい力でたてなおしてやるのだ。自分は地方の大学に埋もれていたくない。あの毎年同じノートを一時間中読んでいる教授や、演習の時にも少しも口を開こうとしない無気力な学生の群からぬけ出たい。今こそ、よれよれのコートをきて、安っぽいビニール靴をはいて、あたりをきょろきょろ見まわしている、いかにも安っぽいみじめな学生にすぎない。しかし、この興奮と力が必ずや日本の国文学に新風をまきおこしていく時が来る。
 ふりかえるとM大学の八階の建物が、のしかかってくるように高く見上げられた。あの建物の中で何千人の学生たちが、日夜研究にいそしんでいるだろう。国会図書館にいた人たちもその一部なのだろう。その時、私は決してそんな人たちに負けていられないと思った。同じように東京の豊富な資料と優秀な教授のもとにありさえすれば、この俺がのびないはずがない。
 指をならしたり、足で地面をけったり、そして同じことをぶつぶつくりかえしながら、その日私はあてもなく、歩けるところまで歩こうと思っていた。

 
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