本文へスキップ

「雪残る村」 | 第一小説集『雪残る村』

雪残る村works

雪残る村 7

 大学院をあきらめたかわりに、せっせと県立図書館の郷土資料室に通った。二階の一般閲覧室が受験生でいっぱいなのに比べて、三階の奥まったところにあるこの部屋に、閲覧者のいることはめったになかった。係の老人が隅の机にむかって、ひっそりと本を読んでいた。何度も通ううちにいつのまにか、この係の老人とあいさつを交すほどになった。
「熱心ですなあ、この部屋にはめったに若い人はやってこないんですよ」
 老人はある時、そんなことをいった。たしかに、ここにやってくる人たちは老人が多かった。寺の住職や退職された校長先生のような人たちが時折やってきて、ほこりをかむった郷土史の本を小さな声をたてて読んだ。退屈すると長いこと郷土の歴史や文学の話を係の老人とするのがおきまりだった。
 初めは牧之に関したいろいろな資料を見ていた私は、いつのまにか手あたりしだい書架に並べてある郷土に関したいろいろな本をよみはじめた。そうしたいろいろな本を手にとってみると、この部屋にある本が、一般の本とひどくちがっていることに気づいた。どの本も出版された年がほとんど私の生まれる前の古い本が多かったということである。それに中には活字でなく、謄写やタイプで印刷されたものがあった。製本も粗雑で、表紙もくすんだ色が多かった。そしてなによりも手が汚れるほどのほこりを、どの本もあびていたということであった。
 書店の店頭では美しく彩色され、活字も見やすい本が、飛ぶようなうれゆきを見せているというのに、この書架にならべられた本はどうであろう。同じ本というものが、こんなにもちがいがあるのだろうか。その本のほとんどが自費出版か、郷土の書店が発行所になっていた。五百部や千部の限定出版というものも多かった。中央ではたくさんの出版社が毎年厖大な量の書籍を発行しているというのに、地方での出版はこれほど困難なのであろうか。
 しかし、それらの一冊一冊を読み出して見て、その中に思いがけない情熱がこめられていることを知った。一つ一つ部落をまわって集めた民話集、ふるさとの先人の克明な伝記、数年にわたって観測をつづけた積雪表、信濃川の風土病とのたたかいの記録。多忙な生活の中からわずかな時間を見つけて、自らをむちうちながら長い年月を費した研究である。そうした研究に費した多大な労力と人知れぬ辛苦とを、それらの本の端々から読みとることができた。しかし、この人の通わない郷土資料室の書架の中で、ひっそりとほこりをかむったままでいるのはなぜだろう。波のように押しよせてくる中央の文化にすっかりおしながされ海辺にうちよせられる木片のように見捨てられているのだ。ほんとうにこうした仕事に生涯取り組んで、その名も知られることなく死んでいった人たちは、黙殺されていいのだろうか。ここに並べられた数々の書物が、人々の心の中によみがえる日はやってこないのだろうか。牧之研究を志している私も又その埋もれた地方研究家の道をすでに歩きはじめている。私のやっていることは、中央でどんどん新進研究家を生み、新しい分野がどんどん開拓されている国文学へ通じる道ではなく、こうした無名の研究家と同じ系列を歩む道なのだと思った。牧之が暖かい国に憧れながら、雪国から動かなかったのは、雪に埋もれた人と土地とを愛していたからではあるまいか。自らを生ましめ育くんでくれた地への愛――ここにある本の中に一貫して流れているのも、又それではあるまいか。そしてその気持はいつのまにか、どこかで大きな断絶が生じている。極度に文明が発達した現在、もはやそんなものは必要ないのだろうか。古くさい残滓にすぎないのだろうか。

 
 >  >  >  >  >  > 7 >  >  > 10 > 11