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「雪残る村」 | 第一小説集『雪残る村』

雪残る村works

雪残る村 8

 教員採用試験の日がやってきた。そしてあんなにも先生になりたくないといっていた私も、同じ科の人たちと一緒に受験した。型通りの試験をおわると、みんなで小さな喫茶店にはいった。
「へき地か、平場かどちらをさきに希望するかって面接の時、きかれたでしょう」
「だいたい一度はへき地に行ってもらうなんてこと自体おかしいよ。とてもへき地なんか行く気しないな。うすぐらい農家に下宿して食事も悪いし、冬は雪の中の穴ぐら生活みたいじゃ、なんのために大学出たのかわからない」
「わたし最初、へき地を希望したわ、そして赴任地がきまったら、大学に残って行かないことにしようと思うの。よくあるじゃないの赴任拒否っての」
 みんな口々にへき地のいやなことを口にしていた。そのへき地に育った私にとって、それらのことばは、何かにがにがしくきこえた。
「だれだってへき地はいやだろう。しかし、現実にへき地の学校がある以上、だれかその先生にならねばならない」
 私ははじめて口をひらいた。こういうと、みんなはいっせいに私に反発するように、口々に話し出した。
「へき地にはへき地に適している先生がいるのさ。よくいるじゃないか。その村の草分けの家に生まれて、どこか農業学校のようなところを出てもどってきた人や、お寺の住職さんのような人。君なんかさしあたりへき地の先生として適任じゃないかね。わざわざ我々が出かけて行く必要なんてないのさ」
 こういったのは、村野光治であった。
「君は教育実習のとき、教師になることについて喜びをもったといったじゃないか。それはいったいどこの教師になることだったのだい。それに君はへき地教育研究部であれほど精力的に活躍していたじゃないか」
「教師だって、やはり人間である以上、ちゃんと生活するだけの条件がそろったうえでのことさ。少なくとも大学教育までうけているんだから、ちゃんとそれだけの条件をそろえてくれなきゃ、できないじゃないか。たしかにへき地教育研究部でいろいろなところをまわり、勉強になったと思うよ。しかし、そうだからといって、へき地に進んでいかねばならぬ理由など少しもない。それが人生経験にプラスすればそれでいいじゃないかね。君の論理は少し飛躍しすぎるよ」
 村野の口調は次第に激しく、挑戦的になってきた。
「北原さんて、少し考え方が古いのじゃないかしら。自分で教師を嫌っていながら、わたしたちに教師の聖職意識を要求するんですもの。へき地はいやだから単純に自分の意志をいっただけなのに」
 最初に口を切った斎藤なつ子は村野に荷担して、私に反駁してきた。もちろん私はここで口論をやるつもりはなかった。それから私は口をつぐんでしまった。
 石川義和から教育界の閥についての話をきいたのはその時であった。旧制新潟師範の同窓会と高田師範の同窓会には対抗意識が強く働いていて、それが学校内でも、しっくりいっていないということなのである。職員の間でも校長と同じ同窓会の方がなにごとにおいても有利だというのである。更にそれが教育人事にまで大きな力をもって、少しでもいいポストをねらうには、同窓会にたよらないといけないというのである。
「先輩の話をきくと、先生になるとすぐ両方の同窓会から勧誘がくるというんだ。教育学部の卒業生はそのどちらにも関係ないはずだったのに、ついその勧誘に負けて、どちらかにはいってしまうというんだ。その同窓会にはいれば、将来の道がひらけ、少しでも他の人より早く校長になれるというなら、おれだって喜んではいるつもりなんだ。校長になるかならないかということは、給料だけでなく、退職金から恩給までちがってくるんだからね」
 石川は力をこめてこういった。私は実際信じられなかった。師として生徒の前に立つ教師の間に出身校の違いだけで、なぜそんなつめたい反目が生じるのか。
 来年の四月から、教育界に入ってゆくというのに、教師のもつ醜い面ばかり今まで知らされて来た。へき地の勤務を嫌うもの、定年までの給料を計算して早く校長になる道をみつけようとするもの、そして卒業した先輩の悲観的な職場の話。そんな教育界で私も又安い俸給を嘆き、酒やマージャンで校長と親しくして、早い出世の糸口をつかんでおく方が賢明なのだろうか。
 中学教師という至上命令の前で迷い、とまどっている自分、他の人たちのようにきっぱりと、自らの進む道に自信をもてないのはどうしたことなのだろう。部屋いっぱいにロシヤ民謡の音楽がひびいていた。みんなは思い思いにこれから進む教育の世界のことを目を輝かせて語っているのに、私はその隅で冷たくなったコーヒーをゆっくり味わうようにすすりながら何も話さなかった。

 
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