本文へスキップ

「雪残る村」 | 第一小説集『雪残る村』

雪残る村works

雪残る村 9

 二月の学年試験をおえると私は久し振りに家に帰った。この冬は例年になく大雪で、駅におりると、すべての交通機関がストップしていた。牛乳を飲み、パンをリュックにつめて、雪の中を家に向かって歩きはじめた。
 二時間の雪道を歩く。家の入口にたつとうず高くつまれた雪が屋根の「ぐし」の上をこしていた。雪の山をこえて入口をみると、そこだけが、くろぐろとしていた。そこだけが暖かく人間の吐く息の出るところという感じがした。玄関をはいっても、家の中は暗かった。窓という窓がのしかかるような雪で、すっかりふさがれているからである。雪の山にほられた原始人の洞窟のような生活、これが今まで私の育った土地なのだ。電灯がともされ、なまあたたかなこたつで、はくはくと飯をかきこむ。
「雪ふる事盛んなる時は、積もる雪家を埋めて雪と屋根とひとしく平なり。明かりをとるべき処なく、昼暗夜のごとく、ともしびを照らして家の内は夜昼をわかたず」
 百年前の「北越雪譜」の文章と少しもかわったところがない。雪国の生活をかみしめるように、私はすぐ外に出た。どこの家でも雪の中から家を掘り出すのに懸命である。ありが土の中に住むための穴をほるように、まわりにつみあげられた雪のかたまりが、それを掘っている人たちの何倍もの高さになっていた。雪のかたまりだけが、ほんの少しずつつみあげられていくので、そこに人間がいるのだとわかる。
 私もその人たちと同じく家のまわりの窓をあけることにした。小さな窓をあけるのに、とても一度に窓のところまで掘ることはできない。まず最初ずっと広く浅い段をほる。それをほりおわると、二段目に掘りさがる。そして掘った雪は最初の段に投げる。二段目がほりおわらないうちに、掘った雪のかたまりだけがたちまち一段目にいっぱいになる。再び最初の段にもどって雪をのける。ちょうど石段の下にある大石を一段ずつあげていって、上まであげるのに似ていた。同じことを三段四段と掘りさげていって、ようやく三尺四方の窓までほりさげたときには、すっかり日が暮れていた。雪の階段の上に紫色のもやがひっそりとおりていた。柔らかい手のひらには赤いまめができていたむ。汗でぬれた体はすっかり冷え切って、ぞくぞくとするような寒さがきた。ザラザラした雪の段をのぼると、あちこちで小さい雪の粒が音をたててくずれおちた。
 夕飯でたくあんとこぶまきとをかみながら母に村の話をきいた。
「おらの同級生なんか、村へ残っていないろい」
「ほんとに、今村に残っている男衆といえば、年寄りや子供くらいなもんだ。若い人はみんな東京へ出稼ぎにいっているがんだ」
「それでも雪が消えれば戻ってくるろい」
「雪が消えても百姓ばっかりやっている人なんかどこでもいねえ。みんなバイクで町の工場へ働きにいくのう。それにこのごろ家をあげて東京にうつる家もある。三左衛どんの人も今年いくという話だ。今、田んぼが安くて売れねいで困っているんだと」
 この故郷の村が驚くべき早さでかわっていく。この間中学校を卒業したばかりなのに、この村のかわりようはどうであろう。若い人はもっと賃金の多い都会の工場にうつってゆく。
「そういえば、孫右衛どんのあんさは、去年の出稼ぎで大怪我してのう、機械で指を四本もとられて、今年はどこにも出ねいということだ。あのけがをしてから、まるで人がかわったみていに、家の中にこもったきりだ。工場の方から、出稼ぎということでたいした金ももらえなかったという話だし」
 母はこんな話もした。村がおどろくべき早さでかわっている中に、こんな問題もあるのかと思った。
 私自身、こんな村で農業を続けていくというみじめな気持から、街へ向かってとび出した。村は人の住むところとして、快適な居住地に適さなくなっているのだろうか。老人と子供だけの村の教師となったところで、いったいどんなことが私にできるというのだろう。子供たちはその人手不足から私が中学生だった時よりも、もっと過酷な労働を強いられているであろう。中学を卒業するや先をあらそって都会に流れてゆく。都会の極端な年少労働者不足は、農村の中学卒業生を必要とした。その中で村の中学生は何を考え、教師はどう指導すべなのか。私自身どんな方法があるというわけでもない。まして微力な私がどんなに力んでみても、たかが知れている。しかし、私は進んでその村に入っていこうと思った。牧之が自分の故郷の地にとどまって、周囲をじっと観察しつづけたように、だれかが村に入らねばならないのだ。今だからこそ、なおその観察者が必要なのであるまいか。
 その夜、故郷の村はうず高くつまれた雪塊の上に思いがけなく、新雪が降りつづいた。しんしんと音もなく降っている雪の夜、私は自分の人生が一つの大きな方向に向って動きはじめているのを感じて、長いこと眠れなかった。

 
 >  >  >  >  >  >  >  > 9 > 10 > 11