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「雪残る村」 | 第一小説集『雪残る村』

雪残る村works

雪残る村 10

 故郷での短い日をすごして、学校に向かった。学校には赴任校の通知が待っていた。信濃川に沿ったT市の中学校であった。その学校が、どこにあるのか、今までの私の乏しい地理の知識では全く見当がつかなかった。しかし、故郷と同じように雪深い地であるということだけは、まちがいないことであろうと思った。
 校門を出ると、村野光治に会った。
「君どこにきまった」
「T市の深水中学さ、深水中学校って、いったいどこにあるのかよくわからないんで、これから地図を見るつもりなんだ」
「T市のはずれ、農村部さ、最近T市に合併したばかりのところだよ」
「ところで君はどうしたい」
「やはりT市さ、しかし、行かないつもりだ。まさかあんなところに決まるとは思わなかった。もう少しましなところだといくつもりなんだが」
「それで君はどうするんだい」
「大学へ残るさ、そして来年こんどは高校の先生になるさ。そうすればへき地学校へやらされることもないし、だいたい給料がちがうからな。それに中学の先生のような時間数は多くないし、いろいろな雑務に追いまわされることもないしな。どうだ君も一年残らないかい」
「ぼくはやはり行く。喜んでいくつもりだ。君も一緒に行こう。そしてお互いの力を合わせてやって行こうよ」
「やめとくよ、君はどうもものごとに必要以上に使命感のようなものをもちすぎるよ。大学四年間、君を見ながらつくづく思っていたんだ」
「そうかな、ぼくは自分の思っていることをだまっていられない性質なんだ」
「君のT市での活躍を期待しているよ。ここで失敬する、よる所があるから」
 村野は革靴の忙しそうな音をのこして左の道にまがっていった。私は一人大通りに出た。すっかりかわききった道路には、柳の芽が大きくふくらんで、ひっきりなしに往来する自動車のおこす風に小さくゆれていた。
 あと三日したらこの地から離れてさびしい農村部の中学校に赴任してゆく自分のことを思った。今まで自分ではなにもしなくとも大学の講義をうけたり、本を読んだりしさえすれば勉強はできた。そして毎年々々高い教育をうけてきた。しかし、これからの私の行こうとするところは、背ばかり大きくなった中学生、子供の教育に関心を示さない父兄、そして五十才をすぎた校長から、二十才までの同僚たちしかいないのだ。きけばなんでも教えてくれる大学の教授もいない。わからないところを調べようと思っても本がない。その中にいる自分のことを考えると、どこか遠い異境の地におかれた少年の不安のようなさびしさを感じた。しかし、それはそのあとにやってくる自分を待っていてくれる健康な生徒の眼を思い出すと消えていった。大きく動揺し続ける農村の中で、その子供たちはなにを考え、なにに悩んでいるであろう。その子供たちのそばまでいって、その願いに耳を傾け、彼らの力強い相談相手になってやりたい。自分もまた彼等と同じ農村に育ってきたのだ。私は早足で街路をよこぎって寮に向かった。荷造りをはじめなければと思ったのである。

 
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