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門付け芸としての瞽女唄 | 悠久録(長岡新聞コラム)

悠久録column

門付け芸としての瞽女唄

 11月20日新潟県立歴史博物館で「越後・佐渡の門付け芸」の催しがあり、午前・午後を合わせて450席が満席となった。その中で「越後長岡葛の葉会」による瞽女唄公演があった。
 瞽女は盲目の女旅芸人である。かつて全国に目の不自由な人はいたであろうが、瞽女が最後まで残ったのは越後であった。その瞽女も昭和52年をもって、地上から旅姿は消えた。瞽女が老齢化し、旅ができなくなったためである。
 長岡瞽女は高田瞽女と並ぶ越後に遺った最大の瞽女集団であった。長岡の旧大工町(現日赤町)の瞽女屋があり、瞽女が守り神とする弁天様の祭り妙音講などでは、師匠のもとに、旅先からここに集まった。
 その瞽女唄を伝統芸能として残そうとして高田の杉本キクエさん、柏崎の伊平タケさん、小林ハルさんが 瞽女唄の保存者として無形文化財に指定された。小林ハルさんは平成17年105歳で亡くなった。
 長岡瞽女に属していた、三条出身の小林ハルさんから瞽女唄を習ったのが、竹下玲子さんである。竹下さんは九州出身で東京に出てオペラ歌手を目指していたが、劇作家若林一郎氏に勧められて、胎内やすらぎの家にいた小林ハルさんのもとに通って瞽女唄を習得した。
 平成3年竹下さんの瞽女唄公演を支援しようとして瞽女唄ネットワークは長岡で結成された。竹下さんの指導の下で誕生したのが「越後瞽女唄・葛の葉会」である。
 長岡が越後の瞽女の拠点の一つだったことを知っている人は案外少ない。それを示す案内板を建てられないものであろうか。(ひこぜん)


※「悠久録」は長岡新聞の一面コラムです。

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