本文へスキップ

方言による誤解 | 悠久録(長岡新聞コラム)

悠久録column

方言による誤解

 「仕事がはかがゆかなくて」と愚痴られた人に、相手が「そんなことしねばいいこて」と答えが返ってきた。その二人の話を聞いていたよそからの嫁がびっくりしたという。
 「はかいく」は新潟県方言辞典では「仕事がすすむこと・能率が上がること」とある。仕事が「はかどる」の意である。「しねばならない」は辞典には「しなければならない」とある。それを知らない人が聞くと「墓行く」「死ねばいい」と受け取ってしまう。すごいことをいわれたとびっくりする。
 いつか新聞に「この川で鮭がとれますか」と質問したら「しかもとれますよ」と地元の人が答えたら「鹿もとれるんですか」とびっくりした話が紹介されていた。「しかも」は「大分・かなり」の方言である。それが方言の面白さである。
 「風呂もらい」などという言葉もすっかり死語になってしまったが、昔、水汲みなど風呂を沸かすのはたいへんなので、どこの家でも毎日風呂を沸かすわけではなかった。よその家に「風呂もらい」に行くこともあった。そんなとき、遠くから嫁いできた人が、家の主婦から「おしずかに」と声をかけられた。それで、水音も立てずにひっそりと風呂を使っていたという。
 「おしずかに」は「ごゆっくりと」という方言である。ねぎらいの言葉が、戒めの意味にとられた例である。こうした方言による誤解は笑い話の一つにもなる。そこにまた優しさもこめられ、思いやりにもつながる。
 病気や怪我で心配している人に「あちことねえて」とこえをかけられたら、どんなに安心することか。(ひこぜん)


※「悠久録」は長岡新聞の一面コラムです。

 > 方言による誤解 >