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年齢の数え方 | 悠久録(長岡新聞コラム)

悠久録column

年齢の数え方

 新しい年が明けて1月14日から16日まで小正月と呼び、大晦日や元旦行事より、もっと多彩な行事が続く。
 天井の水木の餅花飾り、14日の鳥追い、塞ノ神、15日のどんど焼き、成り木責め・藪入り新しい年が明けた。今では「正月」という言葉も古くなってしまった。かつては、この年末・年始は様々な行事が重なっていた。
 新年に子供たちがもらうのは「おとしだま」と呼ぶ。いったいなぜこのお金をお年玉と呼ぶのであろう。年玉は神様からもらう餅が原型でそれがお金に変わって来た。年玉は年魂だったといわれる。昔話に年神様が年玉を配って歩いていたが、年取ったのでもう年を取りたくないと思った老人が藁塚の陰に隠れていたのに、神様に見つかってしまって、「ちょうど年玉が余ったので二つくれる」といって一気に二つも年取った話がある。
 年取りと呼ぶ正月には、鮭を食べる。この魚をまた「年取り魚」と呼ぶ。関西では鰤を年取り魚と呼ぶようだ。これを食べると年が一つ増える。祖母がこの年取り魚を買うために夜遅く苧績みしたと聞いている。
 ところが、昭和25年から「年齢のとなえ方に関する法律」が定められ、生まれた時を零才として誕生日が来て1歳とする満年齢の数え方が決められた。
 昔の年齢の数え方を「数え年」とよぶ。正月年取りすると年齢が増える。だから前年大みそかに生まれた子供は翌日の元旦には年取りして2歳となる。数え年を「よび年」とも呼んでいる。今でもまだこの「数え年」は使われ、亡くなった年を位牌に書かれるのは数え年である。
 亡くなった人の年忌も数え年である。一周忌だけは亡くなった翌年行うが、次の年は三回忌である。米寿、白寿などの喜寿も数え年が使われる。数え年は今もまだ生きている。(ひこぜん)


※「悠久録」は長岡新聞の一面コラムです。

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