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囲炉裏 | 悠久録(長岡新聞コラム)

悠久録column

囲炉裏

 昔話の語りの舞台にいろりの道具を置く。下から照らす赤色の光と風を送り、ビニールを風でひらひらと動かすと囲炉裏の火が燃えているように見え、子どもたちは珍しがって集まってくる。
 家の中から囲炉裏が消えたのはおそらく昭和30年代の初めになるだろう。薪に代わって燃料として石油製品が家の中に入ってきたためである。
 縄文時代の住居跡には必ずその中心に囲炉裏があった。囲炉裏の火は物を煮炊きするのみならず、体を温め、夜の明かりの代わりとなった。
 長岡の生んだ少年詩人大関松三郎に「あまさけをかこんで」という詩がある。いろりのまんなかに/おおきなあまさけなべをかけて/寒い夜 どんどん火をたいている/あさけのにえるのをまって/つぁつぁは わらんじつくり/まさは ねこをいじくっているし/秋は えほんをよんでいる/守は たけとんぼけずりだし/ぼくは算術をしている。ここには大勢の家族が囲炉裏の周りに集まっている様子がよく書かれている。家族だけでなく、家の訪問者にとってもいろりの火は最高のもてなしだった。いろりのまわりの席も決まっていて、お客は「横座」ここには畳が敷かれていた。主婦の座る場所は「たなもと」ここで自在鉤にかけた鍋の材料の煮え具合をたしかめたり、燃料のボイを補給したりする。
 いろりは家族や地域のコミュニケーションの場所だった。燃料が石油やガスに代わって効率よくなったが、コミュニティの場所だけは失われたままになってしまった。団欒の場としての囲炉裏が欲しい。(ひこぜん)


※「悠久録」は長岡新聞の一面コラムです。

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