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良寛と貞心尼 | 悠久録(長岡新聞コラム)

悠久録column

良寛と貞心尼

 和島地域に「良寛の里美術館」を訪ねた。島崎は良寛と貞心尼の出会いの場所である。貞心尼が良寛の住んでいた木村家の庵室を訪ねたのは良寛70歳のとき。このとき貞心尼は30歳だった。
 福島(長岡)の閻魔堂に住んでいた貞心尼は高名な良寛に師事すべく、与板の塩之入峠を越えて島崎通いを続けた。およそ20キロ。一日がかりの行程である。それから4年後の天保2年、良寛は貞心尼らに見守られながら入寂する。
 貞心尼がはじめて良寛に会った嬉しさを詠んだうたが残る。「きみにかく あい見ることのうれしさに まださめやらぬゆめかとぞおもふ」という。良寛がこれに返して「ゆめの世にかつまどろみてゆめをまた かたるもゆめも それがまにまに」とうたった。
 若い恋人同士のような相聞歌である。後に貞心尼が著した歌集『蓮(はちす)の露』には、2人が詠み交わした歌が多数所収されて、みずみずしい精神が今に伝わる。
 訪問した良寛の里美術館の入り口には、2人の出会いの彫像がある。ここを訪ずれる人は、この像の前で記念の写真を撮る人が多いと、同館長さんは言っておられた。館内には様々な良寛の書が展示され、書家として歌人としての良寛の姿が彷彿と浮かぶ。
 良寛の生涯は名主の息子として生まれながらその家を捨てたこと。円通寺(岡山県倉敷市玉島)に学び、そして再び帰郷。人の好意にすがりつつ、74歳の生涯を閉じた。晩年は貞心尼という弟子を得て輝くことができたというべきか。
 訪れた翌日がアオーレでの全国良寛会長岡大会だった。(ひこぜん)


※「悠久録」は長岡新聞の一面コラムです。

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