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もちひとまつり | 悠久録(長岡新聞コラム)

悠久録column

もちひとまつり

 8月20日に「もちひとまつり・おぐに大花火大会」が終った。ことしで16回目の小国最大の祭りである。午前中に山車が地域内を回り、午後特設会場でイベントがある。そのメインは平安行列である。歴史上の人物を祭りのタイトルにするのは県内でもここが唯一でなかろうか。
 「もちひとまつり」は今から800年前の平安朝時代の皇子の名にちなんでいる。平清盛の横暴に反感を持った後白河天皇の第三皇子以仁王(もちひとおう)は源頼政と謀って平家追討の反旗を翻すことになるが、事前に清盛が知る所となりかえって攻められる。そして平等院で頼政は自刃する。
 以仁王は奈良の光明山で流れ矢に当たって死ぬというのが史実である。ところが伝説上では死んだのは替え玉で本人はひそかに逃れて会津から越後の小国にやってきたというのである。
 なぜ小国なのか。それは頼政の弟頼之の領地が小国にあったためである。越後に逃れてきた以仁王を小国氏が加茂の神社まで迎えに出たという伝説である。その時以仁王の出した令旨によって諸国の源氏が立ち上がり、やがて頼朝が鎌倉幕府を開くことになった。兄弟がみな皇位に就いたのに、以仁王は皇位に就けず悲劇の皇子と呼ばれている。
 この祭りの元になっているのは柿花仄氏の『皇子逃亡伝説』という本である。小国の北原家の巻物にその経緯が載っているというのである。「もちひとまつり」の幟をみて小国では餅をふるまってくれるかと勘違いした人もあったとか。
 「もちひとまつり」が終ると小国は収穫の秋を迎える。(ひこぜん)


※「悠久録」は長岡新聞の一面コラムです。

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