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運定めの話 | 悠久録(長岡新聞コラム)

悠久録column

運定めの話

 十月は旧暦で「神無月」神様が出雲の国に出かけて留守になる月と言われる。出雲神社以外の各神社では、神様がいなくなってしまう。そのため出雲では「神在月」と呼ぶという。なぜ神様が出雲神社に集まるのか?人の運を決めるのだという。子供の頃、神様が馬に乗って出雲の出かけるときの鈴の音がすると祖母がいっていた。
 昔話に「運定めの話」というのがある。こじきがお宮様に泊ったと。夜中になって「どこどこの村におびや(産屋)が出来たがいごうねか」という声がしたと。ほうしると、「今晩お客がとれたすけいがんね」とお宮様がいいなさったと。ほうして、それからまただいぶめてから「いま来たどこだ」という声がした。「ほうして、どっげの子だい」とお宮様が聞くと、「男の子だ。いくついくつになると虻に命とられる」と言うた。こじきは、これは不思議なことを聞いたもんだというて、そこの村へ行ってみたら、ほんに男の子が生まれていたと。その子が、でっかくなって、高いどこへ登っていたら、虻がとまった。それを叩こうと思ったらあいまちして下に落ちて死んでしもうたと。神様は人に運をちゃんと決めるということだと。
 これは「産神問答」(うぶがみもんどう)と呼ばれる昔話で、人間は生まれたときにすでに一生の運命が定められているという民俗的観念に基づいて作られた昔話である。
 いつまでも結婚しない人を昔話の中では「出雲の神の帳面はずれ」ともいう出雲の神様の帳面に載らず、いつまでも結婚できないというのだ。(ひこぜん)


※「悠久録」は長岡新聞の一面コラムです。

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