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囲炉裏で語る昔話 | 悠久録(長岡新聞コラム)

悠久録column

囲炉裏で語る昔話

 昔話は囲炉裏の周りで語られた。昔話と囲炉裏は切り離せないものだった。いまでも舞台で語る昔話には囲炉裏が舞台にセットされる。
 旧長岡では囲炉裏を共通語のいろりと呼ぶようだが、小国では「へんなか」と呼ぶ。これは限られた方言のようで、他ではなかなか通じない。山古志では「ひんなか」と呼ぶようだ。十日町市では「じろ」と呼ぶ。地炉という漢字を当てるのだろうか。
 「ほっげのさぶしいとこらてがんによう来てくれなすった。ほれ、もっとへのわたのそばへ来て茶じょっぺいはつけなとこうこしかねえろも話はやまほろあるぜの」これは小国のパンフレットのキャッチコピーとして使われた。意味は「こんな寂しい所なのによう来てくださった。ほれ、もっと囲炉裏のそばへ来て茶うけは野沢菜と沢庵しかないですが話は山ほどあるよ」となる。「へのわた」は囲炉裏端という意味である。
 囲炉裏では暖を取る場所であり、コミュニケーションの場でもあった。また物を煮炊きする場所でもあった。電灯がない頃はその火の明りが針仕事や子供の勉強場所だった。
 昔話に「大歳の火」と言われるものがある。前の晩の残りの燠を灰の中に埋めて翌日まで保存した。それが「種火」(たねび)と呼ばれるものだった。それは嫁の仕事だった。その種火を消してしまって神様からもらうが、その代わりに死人の棺桶を預かってくれと頼まれる。処置に困っていると翌日その棺桶がお金に変わっていたという話である。生活の中から囲炉裏が消えて失われたものもたくさんあった。(ひこぜん)


※「悠久録」は長岡新聞の一面コラムです。

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