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通常+異常が正常 | 悠久録(長岡新聞コラム)

悠久録column

通常+異常が正常

 高柳町門出の紙漉き職人小林康生さんから「高志の生紙便」49号が送られた。その中に次のような文があった。
 「今冬の雪は平年並みの3メートル。ただ、新潟市や、海の柏崎市など平場が多雪となり、電車が立往生する。走らせたJR数日間マスコミが総攻撃。尋常ではなかった。(中略)最近2、3日車が入らないくらいでもうニュースになる。どうやら、現代人はみんな勘違いをしているようだ。通常があるから異常があって、この2つ合わせて正常なのである。通常だけが正常ではないのだ」
 通常と異常があってこそ正常と言えるのだという。たしかに現代人は通常という枠をあまりにも狭めてしまったのではなかろうか。小林さんは別の所でも言っている。雪国の雑木には雪に圧されて一本としてまっすぐで手を伸ばしたような枝はなく、幹は全て根曲がりとなる。杉の大木でも無雪地帯と違って、根元はどの木も曲がっている。むしろそれが雪国の通常で、その曲がった部分を利用して屋根の棟飾りとしている。雪国の大木は根曲がりが正常なのである。
 この事は人にも言える。五体満足にそろった人が通常で、目や耳が不自由で、障がいがある人が異常なのではなく、そうした正常と異常な人を合わせた人間の社会が正常なのである。通常な人が異常な人を阻害しようとして、子どもたちのいじめが起きる。その異常こそ正常であるという配慮を失ってしまった。現代はあまりにも正常を求めてあらゆるものを基準にしてしまう窮屈な社会にしてしまっているのではなかろうか。(ひこぜん)


※「悠久録」は長岡新聞の一面コラムです。

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