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山菜取りにて | 悠久録(長岡新聞コラム)

悠久録column

山菜取りにて

 4月下旬、妻と山菜採りに出かけた。場所は小国から小千谷市吉谷に抜ける楢沢の山で、頂上は小国沢城址である。かつてこの地に我が家の田んぼがあった。その田は廃田となってすでに30年が経つ。廃田には、雑木が生え茂り、原野に戻りつつあった。その田の跡を抜けて雪の残る沢をよじ登る。
 雪解け水が廃田に溜り、ぬかるむ。ウグイスがなき、カタクリの可憐な花も咲いている。その雪が滑り落ちた後にコゴミがにょきにょきと生えている。ゼンマイが綿毛に包まれて立っている。頂上付近に近づくとウドがあった。そのウドを、小鎌で根元から削り採る。持ってきた袋はたちまちいっぱいになった。
 ここに『越能山都登』(こしのやまづと)の本を紹介したい。「やまづと」とは山の土産という意味である。地方の生活ぶりを伝える貴重な文献で、重要有形民俗文化財「越後縮の紡織用具及び関連資料」の「文献」に含まれている。寛政12年(1800)刊。著者は金沢千秋、挿絵は亀井協従で寛政年間、田沢村(現十日町市)桔梗原の開田工事に幕府の検察吏として同地に滞在した折りの見聞録。
 内容は風俗・自然・雪具などに及ぶが、当時織られていた越後縮(麻織物の一種)の生産工程を、挿絵を交えて詳しく記している。そうした織物の記載だけでなく、コゴミやゼンマイ、タラなどの植物のことも詳しく書かれている。同著には、夕飯に出されたものがワラビかゼンマイと思ったらコゴミだったと書いている。
 地元の人でなければこうした山菜は区別つかなかったようだ。(ひこぜん)


※「悠久録」は長岡新聞の一面コラムです。

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