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三味線石由来 | 悠久録(長岡新聞コラム)

悠久録column

三味線石由来

 山古志虫亀の三味線石を地元の五十嵐悟さんの案内で見学した。五十嵐さんは虫亀出身で、虫亀地域活性化文化保存会会長である。三味線石は虫亀の奥のケヤキの大木近くに山の斜面にしがみつくように立っている大石。「十二神」と文字が彫られていた。地元ではこの石を神として祀ったものであろう。
 伝説では昔2人の瞽女さんが吹雪の中で宿を探していた。たまたま立派な家の前にきたので、宿を頼んだ。ところがそこは、村人が鬼の理兵衛と噂する非道な金持ちの家だった。理兵衛は金貸しで、貸した金を返せぬと、寝ている布団をはいで取り立てたというので、いつの間にか鬼の理兵衛と呼ばれていたという。
 金貸しはみすぼらしい目の不自由な瞽女の身なりを見て宿泊を断った。雪の中で力尽きた瞽女たちは最後の力を振り絞って三味線を弾き始めた。すると、しばらくして、三味線の音がやみ、大きな音とともに、山から石が2人の上に落ちてきて息絶えた。それからは、吹雪の夜になるとこの村では、石の下から三味線の音が聞こえるようになり、人々は「三味線石」と呼ぶようになった。
 それ以来吹雪の晩に三味線の音を聞くと、村人は恐れて家の中に閉じこもった。瞽女を追い返した理兵衛は自らの非道を悔い、心入れ替えて、だれにでも親切にするようになり、今度は仏の理兵衛と呼ばれるようになったという。以来三味線石は村人の信仰のもとになったとか。
 虫亀村のあちこちに大地蔵や子安地蔵、六地蔵・庚申塔のたくさんの石仏がたっている。虫亀は石仏の地である。(ひこぜん)


※「悠久録」は長岡新聞の一面コラムです。

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