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季語「万緑」 | 悠久録(長岡新聞コラム)

悠久録column

季語「万緑」

 野も山もどこもかしこも緑一色である。この中で思い浮かぶ句が中村草田男(なかむら くさたお)の「万緑の中や吾子の歯生えそむる」の句である。どんな歳時記もこの句を落とすわけにはいかない。それもそのはずで、「万緑」という季語の創始者は他ならぬ草田男その人だからである。草田男自身は、ヒントを王安石の詩「万緑叢中紅一点」から得たのだという。
 見渡すかぎりの緑のなかで、赤ん坊に生えてきた白い歯がまぶしいという構図。万緑という雄大な自然と子どもの口の中に見えてきた小さな歯との対照。どの親も子の白い歯に希望を託す。どうか元気に立派に育ってくれよという願いがこめられている。人生の希望に満ちた親心。五七五のわずか十七音の中に尽くせぬ深い気持ちが詰まっている。
 中村草田男は明治34年中国アモイで生まれ、昭和58年82歳でなくなった。本名清一郎(せいいちろう)。東京大学国文科卒。高浜虚子に師事、「ホトトギス」で客観写生を学びつつ、ニーチェなどの西洋思想から影響を受け、生活や人間性に根ざした句を模索し、石田波郷(いしだはきょう)、加藤楸邨(かとうしゅうそん)らとともに人間探求派と呼ばれた。『萬緑』を創刊・主宰となった。地元新聞の俳句の選者もした村山定男氏は草田男を尊敬して砂田男と名乗った。筆者も俳句の指導を受けた。平成28年没。
 「降る雪や明治は遠くなりにけり」も草田男の句として広く人口に膾炙されている。平成も来年は終る。明治と並んで、平成もいつか遠くなってゆくだろう。(ひこぜん)


※「悠久録」は長岡新聞の一面コラムです。

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