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きのまた歳 | 悠久録(長岡新聞コラム)

悠久録column

きのまた歳

 9月15日はかって敬老の日(祝日)だった。多年にわたり社会に尽くしてきた老人を敬愛し、その長寿を祝う趣旨で1966年に定められた。2002年までこの日を敬老の日としていたが、2003年から9月の第3月曜日に変わった。今年は9月17日である。
 越後の昔話の中に「きのまた歳」という話がある。60歳になると木の股に挟んで捨てられる話しである。信濃では「姨捨」といい、地名にもなっている。岩手県遠野市で聞いた「でんでら野」(60歳になると捨てられる野原という)も同じようなものだ。
 昔話の語り部・下條登美さんによれば「おば捨て」と言って70歳(あるいは62歳、60歳とも)で捨てられる話もある。木の股年になり山に捨てられる老人が、途中で木の枝を折って息子が帰り道に迷わないように標をつけてくれた。息子はそれに感激して親を山に捨てるに忍びず、家に連れ帰って密かに床下に隠した。そこへ隣国の殿様が「叩かぬ太鼓になる太鼓」「九十九の木の曲がり穴に糸を通すには」など難題を持ち掛けてきた。
 これを老人から知恵を借りて、「太鼓の中に蜂を入れれば、太鼓は叩かなくても中の蜂が暴れて太鼓が鳴り出す」と答える。それで老人の知恵の大切さを知り、老人を山へ捨てよという命令を、殿様は取り消したという話もある。
 現在でも60歳をさかいに、サラリーマンは職場を去る。山へ捨てられる代わりに年金で生活できる。老人が生きるには暮らしやすい世になった。人生のキャリアを生かして役に立ちたいものである。(ひこぜん)


※「悠久録」は長岡新聞の一面コラムです。

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