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人工頭脳AI | 悠久録(長岡新聞コラム)

悠久録column

人工頭脳AI

 昨年は人工頭脳AIが話題になった。機械が人間の頭脳に代わってしゃべったり、重いものを持ち上げてくれたりする。
 人類は太古の昔から人力や頭脳の代りになるものを探し求めてきた。簡単に物を動かしたり、持ち上げたり体を動かさず、人間の代りになるものを探してきた。鍬で田畑を耕すことなく、動物を使って田畑を耕したり、運ぶことが出来るようになった。動物を家畜として飼いならし、人間の意志によって動かした。今やそれが人工頭脳AIで人ができない難しい技術を機械がやってくれる。ベッドで寝た切りの人の体位を交換したり、将棋の相手をしたり、大勢の人の中から一人だけを探し出すこともできる。これから人類の進歩はどこまで進むのだろう。
 しかし、とそこで立ち止まる。このままこうした技術がとめどもなく進んでいくのは本当に歓迎すべきなのであろうか。人はじっとしているだけで全部AIという頭脳が代行してくれる。
 病院では大きな手術のあと、すぐ立ち上がらせたり、歩かせたりしてくリハビリを始める。そうしないと筋肉が衰え、用足しのような基本的は行動さえ、たちまちできなくなって、寝たきりになるのを防ぐためである。
 生活習慣病といわれる病気がある。その発症に食生活や運動などの生活習慣が大きく関係する。 それは,一般に加齢に伴ってふえる脳卒中や癌,心臓病,糖尿病など幅広い。限りない人工頭脳の進歩が生活習慣病のもとになり、人類の将来に警鐘を鳴らすことにならないか。AIの進歩は人類の幸福に結び付くのか。(ひこぜん)


※「悠久録」は長岡新聞の一面コラムです。

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