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二つの世界を持つ雪国 | 悠久録(長岡新聞コラム)

悠久録column

二つの世界を持つ雪国

 雪国では、雪のある時とない時の世界は世界がパッと様変わりする。ちょうど映像を見ていて、突然別の場面に切り替わるように一瞬にして別世界が開ける。その別世界に投げ込まれる人々は慌ててその適応に追われる。生活様式、着るもの、履物、家の周り、食べ物、燃料とまるで180度の転換を迫られる。
 一冬中の燃料、食べ物は家の中に格納される。履物も下駄や草履の代りに雪に埋まってもいいような長靴が必要になる。外での仕事ができない。
 明治になって鉄道が発達してから、雪にも負けないラッセル車が運転されるようになった。道路は除雪車が雪を除雪してどんな狭い道でも夏と同様車が走れるようになった。食料は季節を問わずスーパーの店先に並んでいる雪の別世界を雪のない世界と同じような暮らしを維持しようとしている。それでも一度にどさりと降る雪にはすぐ対応できず、車が渋滞し、電車は遅れる。海が荒れて定期船が欠航する。かつては雪国はこういうものだとあきらめともいえる心境になってその世界に合わせて生きてきた。バスが雪で止まれば歩くものだと気持ちを切り替えて生きてきた。
 今雪のない季節と同じような暮らしを維持しようとするとそこに膨大な費用が必要になる。除雪が遅いとすぐ担当者に文句が行くという。どんな細い道でも車が通れるように要望される。とめどもなく雪のない時と同じ世界に生きようとする欲求が膨らんで行く。雪国とはこういうものだという悟りというかあきらめというようなものが必要なのではなかろうか。(ひこぜん)


※「悠久録」は長岡新聞の一面コラムです。

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