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子どもの命を救う責任 | 悠久録(長岡新聞コラム)

悠久録column

子どもの命を救う責任

 某県某市の小学校4年生の女子児童が父親の虐待で死亡した。2017年11月6日。小学3年だった女の子は心の中にあった思い、悩みを鉛筆でしっかりと書いた。父親の暴力を訴えた学校のアンケートのコピーを市が1日に公表した。余白には担任が女子児童から聞き取った暴力の内容の書き込みもある。どれほどつらかったのか。この1枚の用紙から女子児童の必死のSOSが伝わってくる。
 このアンケートを学校側が本人の父親に見せたことが一層父親の怒りを招いたことが報じられている。そこで学校への非難が集中している。
 最近「海の宮」第16号を頂いた。この書は日本の民俗学者、地名学者、作家、歌人として高名な故谷川健一氏創刊の季刊誌でその遺志を継いで発行されている。その中に中田重顕氏の「あの戦争教職員の責任は」を読んだ。昭和20年6月沖縄線が終りに近づいたとき、沖縄の師範学校の生徒たちが追い詰められて、ひめゆりの壕に生徒40余名と教職員5名が潜んでいた。米軍はしきりに命を保障するので、壕から出てくるように呼び掛け続けた。それにも応ぜず、ガス弾が投げ込まれ、生徒職員多くの人が死んだ。その時残っていた教師が「君たちは非戦闘員だ。手を上げて出て行きなさい」と教えることができれば生徒の命は助かったのにと筆者は言う。
 この女子児童の命を守ることを考えて父親の要求を必死に拒むことができたらあるいは命は救えたかも知れない。
 生か死か命の瀬戸際にある生徒を救えなかった教師。この2つの出来事は教職にある者の責任が問われている。(ひこぜん)


※「悠久録」は長岡新聞の一面コラムです。

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