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瞽女妙音講 | 悠久録(長岡新聞コラム)

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瞽女妙音講

 今年も瞽女の祭り「妙音講」の時期となった。4月20日に唯敬寺(えいきょうじ・草生津3)で行われる。
 長岡瞽女の瞽女頭・山本ゴイの住まいである大工町(現、日赤町1丁目)の「瞽女屋」で、毎年旧暦3月7日(新暦4月17日)、山本ゴイの先祖を供養する法要と瞽女本尊の弁才天を祭る妙音講が開かれていた。
 だが、昭和20年8月1日夜、米軍機による長岡空襲で瞽女屋は焼失し、それ以後この行事は途絶えた。その儀式を「瞽女唄ネットワーク」(鈴木昭英会長)が平成8年5月、唯敬寺を会場に50年ぶりに復活、再現した。
 昭和20年以前に瞽女屋で行われた妙音講は、唯敬寺住職が瞽女頭山本ゴイを祀る仏壇にお経をあげ、参集の瞽女一同がお参りした。そのあと、住職が「瞽女御条目」を読み上げ、一同がかしこまって拝聴した。同御条目は瞽女の元祖は嵯峨天皇の皇女相模宮姫とする瞽女縁起や、瞽女の守るべき規約、掟などを記した式目(条目)が書かれている。
 朗読が終わればお斎(とき)となる。瞽女が盛んだった明治時代には、五番膳も七番膳も出たという。お斎が終わって一段落すると、紋付を着た山本ゴイと重立(おもだち)の師匠たちが京唄(地唄・上方唄)の長唄物『桜づくし』と『行く春』の2曲を弁天様に奉納した。
 次いで「座談会」がある。師匠衆は旅での出来事や、これから訪ねる旅の行き先や組み立ての話などをする。それが終わると、若い瞽女達が自慢の唄を歌って美声を競った。
 今年も葛の葉会の皆さんが瞽女唄を披露する。楽しみだ。(ひこぜん)


※「悠久録」は長岡新聞の一面コラムです。

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