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人の命は一銭五厘 | 悠久録(長岡新聞コラム)

悠久録column

人の命は一銭五厘

 敗戦直後の新憲法のもとで、死刑の是非が争点となった時、最高裁判決の冒頭部分に「生命は尊貴である。一人の生命は、全地球よりも重い」と使われた。
 8月15日は戦没者慰霊式が行われた。日中戦争から太平洋戦争まで15年戦争でなくなった人は35万人といわれている。「人の命は一銭五厘」とかつての軍隊では言われた。一銭五厘は、はがき一枚の値段。召集令状の事を指す。人の命の軽さをもじったことばである。それにしても74年前の戦争中にはこうして人命が吹けば飛ぶように軽視された。御国のためにという大きな名目に喜んで命を捨てるという教育がなされた。若き命が父母や妻や子を残して紙屑のように捨てられた。
 74年後の今は、人の命は地球より重いといわれて人命尊重が叫ばれている。人の命が地球より重いという言葉は名言である。あらゆることのトップに人の命がなければならない。戦争という異常な時代、人の命が紙屑のように軽視された当時とはなんという違いであろう。平和はありがたい。
 ところが、戦争のない現代の世相はどうだろうか。肉親同志でいがみ合い、子供のいのちが奪われる事件が増えている。子供だけでなく、弱い立場の人のいのちを奪い取るという風潮が強くなっている。いのちを大切に思ってきた日本人は、戦争でもないのに、いのちを軽視するようになってきた。地球より重いはずの人命が恨みや憎しみのために。戦争のない平和の時代に、なぜかくも人命をやすやすと奪う事件が起こるのか。戦没者慰霊式には様々なことが心をよぎる。(ひこぜん)


※「悠久録」は長岡新聞の一面コラムです。

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