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電気のありがたさ | 悠久録(長岡新聞コラム)

悠久録column

電気のありがたさ

 台風15号の影響で千葉県では長く停電が続いている。電柱が倒されたり、風で飛ばされた屋根が電線に引っかかったり、倒木が道をふさぎ、道路の通行を妨げたりして、人々の生活に大きな影響を与えている。
 第一にテレビが使えず、情報が入らない。冷蔵庫がつかえず、食料を保存できない。電話が使えない。水道も使えない。スタンドが動かず、車にガソリンを詰められない。電気社会にどっぷりつかっていて、日頃は電気のありがたさを感じない。いざこういう事態になってみると、つくづく電気のありがたさを身につまされて感じることになる。
 ニュースを聞いて中越地震の停電を思い出した。あの時は10月終りで夜は冷えた。暖房は電気を使わない石油ストーブが重宝した。冷蔵庫の食料は全て取り出し、捨てざるを得なかった。他地区の情報は(車の)カーラジオが唯一の情報だった。
 記録によれば、当地に電気が入ってきたのは、百年ほど前の大正時代だった。もちろんその時は明りとしての電灯しか使い道がなかった。筆者の子ども時代、昭和20年代だって、家の中には座敷にポツンと一個電灯があるだけで、天井に針金が通っていて、食事の時には、囲炉裏の上から、部屋の中心迄針金のレールを伝って電球を動かした。各部屋には電灯がなかった。部屋での勉強には蝋燭をつけて明りにした。
 あれから70年、テレビも冷蔵庫も電話もエアコンも暖房も全て電気なしには動かない。今回の停電はどっぷりと電気社会につかりすぎた現代社会への警鐘だったかもしれない。(ひこぜん)


※「悠久録」は長岡新聞の一面コラムです。

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